上
昔読んだ本によると、ベトナムに都会は2つしかないという。 つまり商都ホーチミンと、首都ハノイ。
それでは後は何かというと、すべて農村だという。
本当かどうか、ホーチミンしか行ったことがないのでわからないけど、でもなんか本当のような気がするわたしであります。
とにかくそう思えるくらい、ホーチミンの密集具合はすごいのであります。
わたしアジアは、ソウル、台北、上海、シンガポール、バンコクと、けっこうあちこち見てきましたが、アジアと聞いて我々が思い浮かべるイメージに、一番近いのがホーチミンでした。
つまり、暑くて渾沌としていて、やや汚くて、騒がしいのです。 しかも、半端じゃないんですよ。
飛行機の関係で、ホーチミンに入るのは真夜中になります。 そこで観光客はそのままホテルに直行、 即就寝して、翌朝からベトナム体験がスタートするわけです。
朝日の中で、だいたい誰でも最初に受ける洗礼は、道の横断です。
すなわち、ベトナムには横断歩道や信号が極端に少ない。そのくせホーチミンには驚くほどの数のバイクが走っているわけです。するとたいがいの人は、道ばたに呆然と立ち尽くすことになります。
いくら立ち尽くしても、いっこうにバイクの流れは途切れず、いったいどうやって道の向こう側に行こうかと考えること数分。ふと現地の、てんびん棒担いだおばあさんが、隣にやってきて道に目をやっているのに気がつきます。
おお、この人も困っているのだなと思ってみていると、何を考えたかおばあさん、そのまま道の真中に突っ込んでいくではありませんか。
ええっと思う間もなく、おばあさんは見事に車列をすり抜け、ひょいひょいと対岸に渡っていきます。
すごいっ。
そうこれこそがベトナムの精神なのであります。 要するに、ぼーっとしてるとなんにもできない。とりあえず、突撃しなさいというわけですね。
そうしてこそすごい勢いで突っ走ってきたバイクも、ぶつかるのは嫌だからと、ちょっと速度を落としてくれるというものです。
何ごとも、ポジティブ&アグレッシブですね。
まずこのことを頭に入れた上で、私たちはベトナムの町に出ていくのですが、頭で理解しても、まだまだ体がついていきません。
やがて、どんな所でも平気で道が渡れるようにはなりますが、それはベトナム体験のほんの一歩にすぎなかったのです。
中
ベトナムにはシクロと呼ばれる人力自転車?があります。(自転車が人力なのは当たり前だね、人力車に自転車がついたものをなんといえばいいのだろうか)
とにかくそのシクロが、これまた想像を絶するくらいたくさん走っているわけです。
まぁベトナム版タクシーですね。
はじめの数十秒こそ、おおベトナムの風物詩だ。写真でもとろうかと、嬉しくなるのですが、実はこれが曲者なのです。
何しろこのシクロのあんちゃん、(もちろんおいちゃんも、じーちゃんもいるけれど) 観光客が歩いていることを察知すると、ほとんどすり寄らんばかりに近づいてきて、ドコイクノ、ヤスイヨ、ノレノレ、とうるさいことこのうえないのですよ。
丁寧に相手などしようものなら、断るつもりが、知らぬ間にどこぞへつれていかれそうな勢いで、気の弱い人間には、なかなか手強い。
しかもひとりやり過ごしたと思ったら、とたんに別のシクロが近づいてきて、次から次へと、尽きることがないのです。
そこで、ベトナムの町を歩き出して15分くらいで、日本では考えられないくらいに、完全無視の態度がとれるようになります。
シクロや、物売りや客引とは、一切目をあわさず、ただ前をむいて前進あるのみです。
そうすると、なぜだかむこうも声をかけてこなくなるから不思議なものです。
さて、通りから市場や露店街に足を踏み入れると、 あまりの熱気と人いきれに、ほとんど気が遠くなります。 しかし、ここでもぼんやりしてはいられません。
ベトナムはもともと遺跡の類いの少ないところで、それも戦争で破壊されて、あまり見るべき物がありません。
この国の楽しみは、実は市場にあったりするのです。
ベトナムには意外に面 白いもの、趣味のいいもの、美味しいものが沢山あります。 そのうえ物価が安い。だいたい日本の5分の1から10分の1です。
これはもう購買欲全開の世界ですが、不思議なもので、日本円で考えればものすごく安いのに、だんだん思考がドン(ベトナムの通 貨)になってきます。
つまりTシャツ一枚、日本円で150円くらいが相場なんですが、これを300円で売ろうとする奴もいれば、良心的に100円で売っている店もあるわけで、よく知らずに買い物をすると、この50円位 の差が、ものすごくくやしいわけです。
特に50円の差がドンに換算すると5000ドンの差になりますから、とても損した気分です。
やはり、比較検討の上、しっかり値切る。アジアでの買い物の基本は、ここでも生きています。
この国ではそんなに露骨な観光客値段はありませんが、(シクロは知りません、乗ってないので・・) 一応相場というものを知っておかないと、たいして安くないものに飛びつくことになりかねません。
(まぁ、それでも安いんだけどね。・・ちなみに、私の知る限り、観光客値段が一番露骨なのは上海です。参考までに)
そんなこんなで事件は起きました。
下
ベトナムの社会は、まだまだ純朴で、日本みたいに路上で男女が抱き合っていたりしません。
たまに見かけるカップルもどこか恥ずかしげで、私のようなすれた感性の持ち主からすると、非常に微笑ましい。
ところがその日、公園を歩いていると、あら珍しや、昼間からベンチで手など握りあっているベトナム人カップルを発見したのです。
へーっ、どこの国でも情熱的な人はいるんだなぁと、これまた微笑ましく眺めていると、われわれの前で自転車をひいていた、アイスクリーム売りのあんちゃんが、振り向いて笑いかけてきました。
彼もカップルをみていて、その笑顔はあきらかに、「こいつら明るいうちからしょーもねーな、あんたもそう思うだろ」と訴えていました。
ほとんどテレパシーのように意思疎通が出来たので、少しうれしくなって、わたしもちょっと肩をすくめてみせます。 「まぁ、若いやつらのすることだ、許してやれよ」くらいのゼスチャーです。
すると、これがまた相手に通じたようで、破顔一笑、あたりにはほのぼのした雰囲気が広がり、にわか日ベ友好の図とあいなったわけです。
いゃー。世界は一家、人類は兄弟だぁなどと感慨にふけり、少し遠い目をしてしまったわたし。
ところが ベトナムのあんちゃん、ここで思わぬ行為に出ました。
突然荷台からアイスクリームを取り出すと、にこやかにプレゼントといって手渡すのです。
今思えば、ただで物をくれるなんてことは絶対にあり得ないので、ここで気付くべきなのですが、魔がさしたというか、ベトナム入国以来の緊張感が、先ほどの友好ムードでゆるんでしまったというべきか、とにかく「ありがとうね」と受け取ってしまったのでした。
アンチゃンはバイバイといって、自転車をこいでいってしまいます。 夫婦は、こりゃ得をしたとばかり、腰をおろしてアイスをつつきます。
二口、三口食べたところであら不思議。いってしまったはずのあんちゃんが戻ってきて、よくわからない英語で金払えみたいなことを言い出したわけなのです。
あちゃー。あんちゃんが再びあらわれた時点ですべてを悟ったわたしなのですが、食っちゃったもんしょーがないよなぁ・・。
一応いくらか聞くと、このあんちゃん調子に乗って10万ドンとかいいやがる。
へっ・・お前10万ドンって1000円じゃないの、ばか言ってんじゃないぞ、こっちとらここ数日で、ベトナムの物価には精通 してるんだぞ、といいたいところですが、もうさっきのテレパシーはどこへやら、お互いの英語力を考えるととても意思疎通 できそうにありません。
しかたないのでわたし、思いきり顔をしかめてひとこと「テン、サウザンス、ドン」 ・ ・・・・値切ってどうするんだよー。
・・・・・・・ その後どんな修羅場が展開するかと思いきや、あんちゃんも、この十分の一ディスカウントをあっさり受け入れ、即「OK」をだすではありませんか。
えっいいの? 100円だよ、まぁアイスひとつ20~30円だから儲けにはなるんだろうけど、それでもせいぜい50円だよ、あんた、50円のためにあんな詐欺まがいのことを・・そんなに生活が辛いんかい。
などという心の叫びはもちろん伝わらず、あんちゃんそそくさと帰っていきます。
ベトナムの日ざしは、あくまで強く、アイスは甘いのでした。
2004/5/24